先ずは、1月27日(火)青山Bodyでの今年初LIVE にいらして頂いたお客様全てに感謝します。ありがとございました。今年もどうぞ宜しくお願いします。
さて、そのBodyでは久々にベースの小杉さんとやったのですが、ここ一年の間に随分と聴きにいらして頂くようになったOさんから、ベースが変わると、トリオの演奏がガラッとかわりますね!と言われました。Oさんは、あまり小杉さんのプレーに接した事が今まで無かったらしく、しきりに「年齢を感じさせない!若くてて力強いプレーだ。俄然バンドがグルーブする」と、小杉ベースを絶賛しておりました。
ピアノトリオというアンサンブルはホント人数が少ないだけに、3原色の混ぜ合わせのようなものですから、やり手や聴く人(Oさんのような鋭い聴き手)には、メンバーが変わればまるで違う色に感じられるのだと思います。
そう言えばあの日Bodyに行く前に、渋谷の文化村でクレーを中心にした美術展に行って来たのですが、彼の作品には、ちょうど耳の良い人にしか聴き取れない(これは聴音にすぐれている~絶対音感があるとかのレベルではありません)、微妙なハーモニーの変化に似た、色彩の変化、階調がありますね。
上の写真は、僕が学生時代に駅からアパートまでの通り道にあった画廊のショーウインドウに展示してあったクレーの複製画で、欲しくて欲しくて、喫茶店でバイトして買ったもの。もうかれこれ30年以上僕の部屋(何度も引越ししましたが)に飾ってある、お気に入りの安物です(笑)。
高校生の頃から画集でクレーの絵画には親しんでいたのですが、初めて彼の絵画を実際に目にした時、ちょっとガッガリしたのを覚えています。
ピカソ展に初めて行った時のような、目もくらむような衝撃がなかったからです。ルノワールなどは、まったく興味がなかったのですが、本物に接した時の、あのどこから差し込んでくるの?の夥しい光には、ノックアウトさせられたものです。そういう驚きが、クレーの作品からはまったく感じられなかったのです。 ああ、画集と変わりないじゃないか?と。
ところが、一昨日はちょっと別の印象をもったのです。ピカソがストラビンスキーの絢爛豪華なフルオーケストラの作品なら、クレーはチェンバロで奏でられるバッハのフーガだな、と。地味と言ってしまえばそうなのですが、観れば観るほど、そのフォルムの精緻さ、色彩感覚の素晴らしさ、そしてそれらを統合する超人的忍耐強さを感じ、またまた30年ぶりにクレーに感動してしまったのでした。
高校生の頃の自分は、おそらくクレーの絵のグラフィックな部分に興味があっただけだったのだと思います。物創りの厳しさなんて知りませんでしたから。
でも、歳をとって自分も少なからずアートの世界に居るようになってから接したクレーには、氷山の下の部分の巨大さに、脱帽させられました。
音楽でも映画でも、人を驚かすような派手さばかりが目立ち、世間的にもそれらに準じた作品ばかりがクローズアップされがちです。確かに僕らはお客さんがいて初めて成り立つ商売ですから、そういった興行収入は無視できません。だだし、外面的な事ばかり考えずに、もっともっと自分の仕事~作品に自己の全エネルギーを傾注せよ、とクレーの作品は語っているようでした。
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